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紀北はしもと法律事務所

被災された方には心からお見舞い申し上げます

 3月11日は妻の誕生日でした。私は、バースデーケーキを買って、例年の誕生日と同じような生活をしていました。

 業務中はテレビを見たりラジオを聞いたりしていないので、まさか、このような大災害が起きているなどということは夢にも思っていませんでした。帰りの車の中、いつも聞いているFM802を聞くと、特別番組でした。そこで始めて事の重大性に気が付きました。

 実は、約1か月前、業務で石巻市に出張しておりました。泥だらけになった仙台空港に到着し、津波に流されたJR仙石線に乗車しました。石巻に行くのが少し遅れていたら……と思うと、人の運命はほんのわずかな違いで全く違う結果になるのだなぁと、そして、人の力では如何ともしがたい運・不運が存在するものだと思いました。そう考えると、生かされた私の命は、その使命を全うすべく、最大限の努力をもって生活しなければならないと思いました。

 出張中、私が出会った方々は、皆さん、華美な生活をすることもなく、実直に暮らしておられました。皆さん、ご無事でおられるのか本当に心配です。1人でも多くの方の救出と東北地方の1日でも早い復興をお祈りせずにはいられません。

 今は、原子力発電所の問題も大きな問題となっております。原発に残って作業をされている作業員の方におかれては、決死の覚悟で業務に従事されているのだと思います。皆さん、ご家族もおられるとお聞きしております。既に報道では、今後、原発を見直すのか推進するのかという議論がなされていますが、いずれの立場に立つにせよ、まず政府は、「今、そこにある危機」に全身全霊を持って立ち向かって頂きたいと思います。

 阪神大震災の際、私は、大学1回生でした。その日の朝、英語の試験があるということで、ほぼ徹夜で勉強をしており、一眠りしようとした瞬間に叩き起こされました。京都の古い下宿は大きく揺れましたが、幸い、テレビがテレビ台から落ちたくらいで特段の被害はありませんでした。しかし、阪神間から通学していた多くの友人が被災し、他人事とは思えませんでした。そこで、ボランティアに行ってきました。そこで見たのは、悲惨な状況と、私の無能でした。私はそこで何もできませんでした。

 今の私もこの国難に対して何もすることはできません。しかし、学生当時とは違い、わずかではありますが、義捐金を送ることはできます。本当にわずかですが、日弁連を通じて義捐金を遅らせて頂きました。有意義に使って頂き、東北地方の方々が1日でも早く元の生活に戻れたらと思っております。

 今日も、一生懸命に生きようと思います。

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